大判例

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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)3947号 判決

原告

中野昭夫

被告

橋本忍

右訴訟代理人

酒巻弥三郎

外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、原告

(一)  原告が、別紙記載の映画及びテレビ映画「私は貝になりたい」の原案につき、著作権を有することを確認する。

(二)  被告は、原告に対し、金一〇万円を支払え。

(三)  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決を求める。

二、被告

主文同旨の判決を求める。

第二  請求原因

一、原告は、別紙記載のとおりの著作物を創作したものであつて、現にその著作権者である。すなわち、原告は、昭和三二年九月、株式会社東京放送美術部勤務の訴外Sに対し、本件著作物の内容を口頭で伝達したうえ、同人から東京放送編成局長に対し、東京放送においてしかるべき脚本家を選定して原案である本件著作物をそのまま採り入れて脚本化し、昭和三三年度芸術祭参加番組として製作、放送するよう伝達することを依頼した。東京放送は、テレビ映画「私は貝になりたい」を製作し、昭和三三年一〇月、昭和三三年度芸術祭参加番組として放映し、また東宝株式会社は、同年一二月、映画「私は貝になりたい」を製作し、上映した。

二、被告は、映画及びテレビ映画「私は貝になりたい」の脚本を作成したものであるが、その成に当たり、原告に無断で、本件著作物を本件脚本の中にそのまま採り入れた。

三、被告は、原告が本件著作物を創作した著作権者であることを争つているので、原告は被告に対し、原告が本件著作物について著作権を有することの確認を求める。

四、被告は、本件脚本の作成に当たりその中に本件著作物を採り入れることが、原告の本件著作物を侵害するものであることを知りながら、本件脚本の中に本件著作物を採り入れたものであるから、原告に対し、被告の右行為により原告が被つた損害を賠償すべき義務がある。

ところで、原告は、被告に対し、本件著作物の著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額に相当する額を自己が受けた損害の額として主張するものであるが、右通常受けるべき金銭の額に相当する額は本件著作物の使用料相当額金一〇〇万円である。

原告は、被告に対し、右損害金の内金一〇万円の支払いを求める。

第三  被告の答弁及び主張

一、請求原因の一の項のうち、東京放送がテレビ映画「私は貝になりたい」を製作し、昭和三三年一〇月、昭和三三年度芸術祭参加番組としてテレビ放映し、東宝株式会社が映画「私は貝になりたい」を製作上映したこと(ただし、昭和三四年四月である。)は認めるが、その余の事実は否認する。原告は別紙記載のとおりのものが本件脚本の原案でありそれ自体著作物であると主張するが、原案では未だ著作物として出来上つていないものであるから、それについて著作権が生じるはずがない。原告の右主張は、それ自体失当である。また、原告は、別紙記載のとおりのものを創作したというが、原告がそのようなものを創作した事実はない。実際は、テレビ映画「私は貝になりたい」が放映された後になつて、事実に反しその原案は自分が創作したものであると東京放送に申し向けてきたものである。原告は、東京放送に対し、「私は貝になりたい」に限らず、他のドラマや楽曲についても、事実に反し自らが著作したものである旨申し向けてきたことが何回もあり、また観光バスの会社に同様のことを申し向けて訴提起をしたりしている。原告は、東京放送に対し、「私は貝になりたい」について、二〇回近く訴提起、調停の申立等をしたが、結局原告には、「私は貝になりたい」につついて著作権及び著作者人格権のないことが判決で確定した。そこで、原告は、被告に矛先を変えて本件訴訟を提起したものと思われる。

理由

原告は、別紙記載のとおりの著作物を昭和三二年九月創作したものであつて、現にその著作権者であると主張し、被告はこれを争うので、この点について検討する。

原告は、その本人尋問の結果中、原告が本件脚本の原案ともいうべきものを頭の中でまとめ上げ、昭和三二年九月その内容を訴外Sに口頭で伝達することによつて、別紙記載のとおりのものを著作した趣旨の供述をするが、成立について争いがない乙第四号証の後記載内容及び原告のその余の供述部分に照らせば、原告の右供述部分そのまま信用することはできないし、他にこれを裏付けるに足りる証拠もない。すなわち、前掲乙第四号証によれば、右訴外人が別紙訴訟で証人として、原告から本件脚本の原案ともいうべきものを口頭で伝達されたことはない旨供述していることが認められるところである。

なお、原告は、その本人尋問の結果中、本件脚本の原案を頭の中でまとめ上げたが、これを文章に表現することはせず、右訴外人にその内容を口頭で伝達するに当つては、道路を歩きながら、あるいは喫茶店の席で、別紙記載の順序によることなくその内容を説明したものであり、その際右訴外人は原告の説明を記録しておらず、別紙記載は原告が右訴外人に伝達した内容をその際の記憶に従つて後に別紙記載のとおりにまとめたものである旨供述するところであつて、右供述部分によつても、原告がその主張のときに別紙記載のとおり右訴外人に口頭で伝達することによつて、別紙記載のとおりのものを創作的に表現したものであるとは認められないところである。

右のとおりであつて、原告が別紙記載のものをその主張のときに著作したものとは認められない。

そうすると、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(小酒禮 清永利亮 岡久幸治)

(別紙)

一、このドラマは、原告がかつて読んだ極東軍事裁判の記録と戦犯死刑囚の遺言をヒントとして創作した戦争裁判の不合理性を追求し、戦争、軍隊の不条理を訴求する戦争と人間のドラマである。題名は、「私は貝になりたい」とする。右題名は、戦犯死刑囚の遺言の一節を引用したものである。

二、戦後復員し、理容業を営む主人公が、ある日突然戦争犯罪容疑で占領軍憲兵と日本人警察官によつて逮捕連行されるシーンで始まる(主人公は戦犯容疑を否定して楽観的……なあに何かの間違いだよすぐ帰れるよ……)。セリフ

主人公が絞首台を登るシーンで終る(主人公のナレーシヨン……もう戦争はいやだ。こん度生れ変るときはお父さんは、貝になりたい、そして深い海の底の大きな岩にしがみついていたい……に讃美歌(神ともにいまして)のハミングが重なる。

絞首台を登るシーンは、主人公の胸部から下を撮る。

三、拘置所雑居房での主人公、外に二、三名の戦犯容疑者―主人公(初年兵)が上官の命令で墜落米空軍兵士の死体を銃剣で刺す話、他の者が米軍捕虜に牛蒡を食べさせ、木の根を食べさせたとして捕虜虐待で逮捕された話―釈放等についてのデマ臆測等―(主人公楽天的楽観的)。

主人公の話、回想シーン(臆病で上官に叱責される)。

四、雑居房(死刑囚の将軍がやつて来る。)

―将軍、主人公等容疑者に迷惑を掛けたと謝罪する。主人公好意的、他の者冷淡な態度―教戒師、将軍の戒名をもつて現れる。

―将軍、教戒師淡々として語る。―

将軍、主人公へタバコを差出す。

……これは私はもう喫はないので皆さんで……

将軍自室へ帰る。

―将軍の後ろ姿、入口、主人公……閣下髪がのびておりますが……セリフ

五、将軍の監房

窓、格子の外に雪がちらちら降つている。主人公、将軍の髪を刈つている。

将軍…日本はまた軍備をするようですね。民主的な軍隊なんて世界中どこ探してもありませんよ……

主人公…そんなもんですかね、私らにはむつかしいことは判りませんが、もう戦争はまつぴらですね……

将軍…ほうもう雪が降つていますね……

私の故郷は四国でしてね……

主人公…私も高知ですよ……

将軍…ほうそうですか、あそこには民謡がありましたね……

―将軍よさこい節を歌う―。

主人公…あゝそれは違うんですよ……

―主人公正調よさこい節を歌う―セリフ

六、雑居房主人公外二、三名の容疑者主人公壁に将軍の戒名を貼つて念仏を唱えている。

外のもの主人公のその様子をたしなめる。

主人公それにさからつて念仏を唱える。

七、主人公妻と拘置所で面会、

―主人公必ず釈放されると楽天的に妻と新しく購入する理容器具等について語る―

―他に面会の人(婦人)主人公らのその様子を無言で見る。―

八、別の監房、主人公と他に死刑囚の将校。

―死刑囚、聖書を読んでいる、主人公楽天的で死刑囚にたしなめられる。―セリフ

九、死刑囚 執行の日米軍憲兵に監房より連行される。

―死刑囚 監房の外…皆さんいろいろ有難うございました。私は一足先に参ります……

―監房の外から他の者のはげます声―

―主人公監房の中からすがるように死刑囚に呼びかける、死刑囚うんうんうなずく―

―死刑囚連行される時讃美歌(神ともにいまして)を歌う―唱和する他の者の声―セリフ

一〇、ここから主人公の裁判、法廷のシーンへと移る。

―絞首刑の宣言を受ける主人公の驚愕―……ええそんな馬鹿な、私は何も……セリフ

一一、主人公の死刑執行の日 拘置所教戒室

―主人公自分の過去のことなどを教戒師にくどくどと語りながらさめざめと泣く。

一二、ラストシーン

一三、配役の指定

主人公 フランキー堺

将軍 佐分利信

死刑囚の将校 内藤武敏

教戒師 河野秋武

主人公の妻 桜むつ子

一四、照明については画家レンブラントの絵画(エツチング)の光を参照する。

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